東浩紀『平和と愚かさ』
読みながら追記していく。まだまだ序盤です。
「僕の考えでは、平和と愚かさはともに「考えないこと」の表現である点で共通している。ひとはものを考えないときに平和を感じる。しかしなにも考えないと愚かなことをする。」(p. 8)
宙吊りの思考。考えないことを考え続けること。
人はどこか執着にたどり着くと安心する。宙吊りで中途半端であることは、人を不安にさせる。
「むろん考えることは重要である。愚かさは罪の源でもある。けれども現実には人間の能力には限界がある。
(略)
だから、いまは「考えないこと」の価値を論じることが重要だと考えた。人々にあるていどの「考えないこと」を許すような社会をつくること。それが社会の安定への道である。」(p. 9)
異論がない。
「ぼくたちはいま、あまりにも政治について語りすぎている。そしてそのせいでどんどん平和から遠ざかっている。」(p. 10)
考え続けること、行動し続けることを「いま」の私たちは求められている(ような強迫観念的なものがある)。時代診断として正しく感じる。
「加えて特筆すべきは、サラエヴォ包囲がすぐれて「文化的」な経験でもあったことである。」(p.52)
日本でも同じようなことがあったような気がする。
64ページで紹介された四方田犬彦『見ることの塩』の電子版はないようだ。最寄りの図書館にも入っていない。イスラエルとパレスチナの紀行文。